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2002年2月号
くらやみは、ひとを正常にもどすメディアである。そのなかでショックを受けたり、不安感におそわれたり、それが段段と消えていき、慣れ、普通のものになっていくプロセスに人間の多様性と可能性を感じる。
ダイアログ・イン・ザ・ダーク(Dialog in the Dark)。このプロジェクトは、日常生活のさまざまな環境を織り込んでデザインされた人工的なまっくらな空間を、視覚障害者に案内してもらい、その人の声に導かれながら、
聴覚や触覚など視覚以外の感覚ではどう認識できるかを体験する、ワークショップ形式の展覧会である。 1989年ドイツのハイネッケ博士のアイディアで生まれ、その後ヨーロッパを中心に、14か国90都市で開催、
すでに100万人以上の人々が体験している。
このプロジェクトは、生活環境、習慣の違う人たちが、出会うためのプラットフォームなのだ。
金井(以下K):このプロジェクトのコンセプトは、まっくらやみの会場をつくり、その中に参加者が何人かで入り、視覚障害者が、案内するという実にシンプルなものですが、まずあなたがどのようにこのプロジェクトを発案したかを話していただけますか?
ハイネッケ(以下H):1986年、私がラジオ局で働いているときに、事故で失明した若いジャーナリストの採用が決まり、私が彼の教育係に任命されたのがきっかけです。そのとき私は、きっと誰もがそうだと思いますが、この障害者の若者とどう接していいかわかりませんでした。その少年が不安だったように、自分も不安だったのです。
K:彼を傷つけたくないし、かといって仕事はできるようになってもらわなければならない……。
H:どこかに彼をかわいそうだという気持ちがあるわけです。しかしつき合っていくにつれ、自分の認識が間違っていたことに気がつきました。とてもショックだった。目が見えないということは、病気でもないし、人より貧しい、そして貧困であるということではない。健常者と比べられない、比べてはいけない世界があることを知ったのです。彼らには健常者の持っていない可能性があることにも気がつきました。2年間の彼とのつき合いで、むしろ私のほうがいろいろなことを彼から学びました。この少年の目の見えないことによる強み、私の持ちえない新しい繊細な感覚、そうしたことから見えない少年自身が見えていること。そこでわかったのは、彼らの生活は、同情したり卑下するものではなく、素晴らしいものだということだったわけです。
K:大変面白い発見ですね。彼の中に自分が持っていない素晴らしい文化を見た。
H:そうです。その後、私はこうした視覚障害者の文化とでも言うのでしょうか、とにかくもっと視覚に頼らない世界のことをを知りたいと思い、フランクフルト盲人協会に勤務しました。そして1988年、協会主催のイベントで、くらやみの中にオブジェを置きそれを触覚で鑑賞するという試みをしたのですが、そこで視覚障害者のかたと一緒にくらやみに入った経験から、今のダイアログ・イン・ザ・ダークの原形を思いついたのです。翌年試験的に行ったイベントへの反応が非常に大きく、その年の6月、フランクフルト美術館で開催になり、それが世界に広がるきっかけとなりました。
K:ダイアログ・イン・ザ・ダークについては何より体験していただくのが一番だとは思うのですが、ソトコト読者のために簡単に内容を説明していただけますか。
H:最初におっしゃった通り、基本的なコンセプトは非常に単純です。くらやみの中を視覚障害者のガイドで歩く。これだけです。会場にはまっくらな中に、森や砂浜、道路、公園といった日常的なステージがいくつか用意してあり、参加者はこれらを視覚障害者のガイドで体感していくようになっています。
障害という概念は、社会環境が勝手につくっているもの。
K:それだけ聞くと、一種の視覚障害疑似体験のように思われるのですが、実はそうではない。
H:そういう一面もありますが、重要なのはそこではありません。人は、最初やみの中に入ると、ショックを受け、不安になり立ちすくんでしまいます。全く違う環境に放り出されて恐怖を感じるわけです。人間はこうした不安や恐怖を打ち消そうと躍起になりがちなのですが、本来、不安や恐怖というのは人間がごく普通に持つ感情です。しばらくすると不安な状態を受け入れ、それを打開するための方策を探し始める。ガイドの方に声を掛けられ動き始めて、視覚以外の感覚を使うことを覚えます。手でまわりを探ったり、匂いをかいだり、またまわりの空気の流れも感じ始める。そして同じグループの人たちと声で情報を交換しあって、まわりの状況を把握していく。この環境を作るため、ダイアログ・イン・ザ・ダークは1人ではなく、6~7人のグループで動くように設定してあります。
K:声を掛けあうことによって連帯感が生まれるわけですね。
H:そうです。視覚に頼っているときよりも、はるかに素直に話ができることに驚くはずです。全く違った環境の中で不安を感じながら、自分の五感や人との関係を再認識することから他人や自分との対話が生まれてきます。
まっくらな中では、健常者と障害者とは、一瞬にして逆転する。
K:するとこのプロジェクトは、目の見えない人のためというよりも、むしろ目の見える人が新しい感覚や関係性を得るためものというわけですね。
H:そのとおりです。このプロジェクトは、新しい感覚や新しい文化を知るためのものであり、生活環境、習慣の違う人たちと出会うためのプラットフォームなのです。ダイアログ・イン・ザ・ダークでいう新しい文化とは、目で見ることではなく、手で触ることによって得られる文化です。ダイアログ・イン・ザ・ダークに参加するとくらやみの中で視覚障害者の方たちはごく普通に動けることがわかる、当たり前なのですが(笑)。
普段と立場が逆になるのです。このことが、とても大切だと思っています。
K:この経験を通して、わたしたちは、普段、五感のなかで視覚を中心に生活していること、それとともに今まで持っていたあたりまえの概念が、当然変わってくる。
H:この経験によって参加者は、自分が普通の人ではないことに気がつく。なぜなら、この中では、目の見えない人が当たり前で、目の見える人は当たり前でないというように、立場は環境によって、変わりうるということです。
たとえば、西洋での太った人に対する認識と、トンガでの認識はまったく違います。また、中世のヨーロッパでは、赤毛の人を差別し、呪われていると処刑されていました。主流でないもの、少数なものは、主流にそぐわないので、差別されることが多いのですが、このような経験によって、人間はもう少し先を考え、全く違う立場というものを想像できるようになるべきだと思っています。
ハイネッケ博士の父親はユダヤ人だ。博士自身、子供のころからそのことによるまわりとの疎外感に悩まされてきたという。この博士の出自もダイアログ・イン・ザ・ダークの発案と無関係ではなかったようだ。確かにアルカイダとアメリカの例を見るまでもなく、歴史は異文化間の衝突が人類最大の問題の一つであることを証明してきている。人類が互いの文化を認めあう術を身につけたら、世界は少しはましな場所になるか。ダイアログ・イン・ザ・ダークにはそのヒントが隠されているのかもしれない。(ソトコト)
K:これまで世界14か国で開催され、すでに100万人が体験していると聞いていますが、どのようにプロジェクトを進めておられますか? また、同じコンセプトでも各国での受け止め方に違いはありますか?
H:どこで開催するときも必ずローカル・スタッフと共同で、コンセプトをその地域なりに噛み砕きながら会場とその環境を設定していきます。その意味では、シンプルでグルーバルなコンセプトを、地域なりにローカライズしているといえます。いわゆる絵画展やディズニーランドのようにひとつのパターンだけではないのです。またダイアログ・イン・ザ・ダーク自体の捉え方も国によって違ってくるようです。これまで、日本を含めて14か国で開催されましたが、たとえばドイツ、オーストリアでは社会問題的な要素に重きが置かれるのに対し、イギリスでは自己の意識向上、知覚の向上の手段と見なされていたり、またフランスでは、これはじつにフランス的ですが、演劇や芝居と同じエンターテインメントの一つとして考えられているようです。
K:日本でも、前回仙台での開催では、主催のせんだいメディアテークの学芸員や地元のボランティアの方々とともに、みんなで森や海に出かけて、自分たちで感じたさまざまなものを採集したり、会場の設営から、当日の運営まで携わりました。ダイアログ・イン・ザ・ダークはプロセスに参加できるプロジェクトなんですね。ところで、これまでの日本での参加者から話を聞くと、時間と距離の概念がまったく消えてしまうという感想を持つ人が多いのですが、これはどういうことなのでしょう。
H:時間については、例えば実際には30分の体験を、なかにはとても短く10分ぐらいに感じる人もいれば、逆に1時間ほどに感じた人もいる。この理由はよくわからないのですが、あえて言えば、実際に体験しているときは、参加者個人個人の感性や感情のほうが、理性よりも強く働いているのではないでしょうか。だからそれぞれの人のその時の気持ちによって実感する時間が変わってくるのだと思います。
K:なるほど。いろいろな意味でこのダイアログ・イン・ザ・ダークは魅力的なプロジェクトだと思います。企業研修に使われる場合もあるそうですね。
H:ええ。最近の企業のグローバル化戦略には、数字だけでなく、人間的要素を含めた異文化との関係を新しくする必要がありますからね。その意味でダイアログ・イン・ザ・ダークは非常に優れたプログラムだと思います。実際ドイツではダイムラーベンツが、合併後にこのプロジェクトを人材の教育に利用しました。他にもいくつかの企業がダイアログ・イン・ザ・ダークを社員の研修に採用しています。
K:残念ながら日本では、長期にわたる開催が実現できていないのですが、ドイツのハンブルクでは、3年間にわたるプロジェクトが進行中ですね。
H:ええ、このハンブルクでのプロジェクトは、2000年の4月に始まりました。新しい雇用を作ることも目的のひとつとしています。いまは、50人のチームが組まれており、そのうち18人が主にガイド役となる視覚障害者ですが、その他にも聾唖者、エイズ、精神障害者、ガン患者、失業者など、一般の概念では何らかの問題を抱えている人々が参加しています。ダイアログ・イン・ザ・ダークはこの集団に対して、これまで社会が提供してこなかった新しい雇用を創出しているのです。こうした人たちは社会全体に対して、未来からのメッセージを持っていると考えるからです。
日本も、そしてアメリカも、バブルという時期を経て、落ち込んだ経済はいまだ出口を見いだしてはいない。行き過ぎたグローバリズムもやはり文化の隔たりを縮めることはなく、むしろテロリズムという災厄を運んできた。そして世界的な狂牛病の広がり。コマーシャリズムにおいても、また日々の生活においても、効率や利益だけを追求する価値観は、人が元来持っている多様性の逆襲に遭おうとしている。
だからこそダイアログ・イン・ザ・ダークというプロジェクトが、今、このタイミングで注目されるのは決して偶然ではないのだろう。自分の五感に耳を澄まし、人との距離、異文化との関係をもう一度見直すことで、人類の未来は再び開かれるのかも知れないのだから。(ソトコト)
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