東京でのオリンピック開催が決まったら、子どもたちにトップアスリートたちの競技をぜひ見せたいですね。とりわけ、オリンピックもさることながら、パラリンピックの競技をいっしょに見たい。
身近に障害を持った方はいないのですが、以前、障害者スキーの第一人者の方と対談する機会があり、その活躍ぶりに感動したのが、パラリンピックの存在意義について考えるきっかけとなりました。
「ダイバーシティ」(多様性)という言葉をご存知でしょうか?
アメリカでは、人種、性別、年齢、価値観など、あらゆる多様性を積極的に受け入れることで、優秀な人材を幅広く確保し、ビジネスの成長につなげようという「ダイバーシティ」という考え方が広く認識されています。
21世紀の日本を活性化するうえで、「ダイバーシティ」という概念の理解と浸透は不可避だと思うのですが、日本ではまだまだ浸透しているとはいえません。
昨今、話題となる「格差問題」の解決も、まず、日本人が人間の「ダイバーシティ」を受け入れることから始まる、と思います。
では、どうすれば、「ダイバーシティ」という考え方を日本人が共有できるようになるのでしょうか?
そこで、パラリンピックです。
パラリンピックでは、さまざまな障害をもたれた方たちが、自分が持っている力を最大限に発揮し、スポーツを舞台に競いあいます。己の障害を超えるパラリンピック選手の活躍を生で見れば、日本人のダイバーシティへの理解はぐっと増すはずです。
私が子どもたちにパラリンピックを見せたいのも、彼女たちに人間の多様性のすばらしさを直に教えたい、感動してほしい、と考えたからです。
また、パラリンピックの開催をきっかけに、障害を持った方にも負担が少ない施設作りをしていくことで、東京という都市のバリアフリー化が進むことも期待できます。
残念なことに、パラリンピックについての情報は、オリンピックのそれに比べて、日本人に伝わっていない。たとえば、障害の度合いに応じてクラスが分けられている、といった競技の仕組みや、そもそもどんな競技があるのかさえ、ちゃんと認知されていません。
障害者スポーツの分野で世界的に活躍している日本人選手は少なくないのですが、ほとんど知られていないですよね。新聞のスポーツ面で、障害者スポーツの結果が取り上げられることもあまりない。
聞くところによると、日本においてオリンピックは文部科学省の担当、パラリンピックは厚生労働省の担当、だそうです。つい最近までは、統一の日本代表ユニフォームも支給されなかったと、聞きました。こうした行政の縦割りが関係しているのかどうか、私には分かりませんが、メディアでの取り上げ方などが変われば、パラリンピックに対する世間の関心ももっと高まるのではないでしょうか。
オリンピックの開催をきっかけに、パラリンピックへの注目度も高まればいいですね。
第一線で活躍中のスポーツ選手とお話させていただく機会もあるのですが、いつも思うのは、一流のスポーツ選手はどなたも非常に「頭がいい」。
なぜでしょう。それは身体能力の高さと人間の知性は大きく重なりあっているからです。
私の著書『起きていることはすべて正しい』の中で、ハワード・ガードナー博士が行った「知性」の8分類について紹介しています。
ガードナー博士によれば、人間の知性は「言語的知性」「論理・数学的知性」「対人的知性」「内省的知性」「空間的知性」「博物学的知性」「音楽的知性」「身体運動感覚的知性」の8つに分けられます。そして、これら8つの知性を組み合わせることで、人間の知的活動は実現するわけです。
通常私たちは、「言語的知性」や「論理・数学的知性」の部分のみを取り上げて、人間の「頭のよさ」を判断しがちです。
けれども、ガードナー博士の説を借りるならば、「身体運動感覚的知性」や「音楽的知性」といった身体と直接つながる知性も含めた複数の知性の組み合わせこそが、本当の「頭のよさ」なのです。
日本では、身体能力が知性の一種という理解が欠けているように思います。スポーツにおいて、あるいは音楽の演奏などにおいて、人間は瞬時に多くのことを判断せざるをえません。ゆえにこうした身体的行為のときこそ、実は脳のあらゆる部分をフル活動させているのです。
すなわち、スポーツや音楽は、非常に高度な知性を必要とする行為なのです。
かつて「スポーツばかりやっていると頭が悪くなる」と言われたりしたものですが、現実は逆です。スポーツをすれば「身体運動感覚的知性」を磨くことができます。
まさに、“スポーツは頭を良くする”のです。
最近の認知科学では人間は脳だけで考えているのではなく、胃や腸や筋肉などでも考えているという意見もあります。体を鍛える、スポーツで感覚を磨く、というのは、本質的な知性の向上に役立つのです。
それだけではありません。スポーツは決断力の向上にも役に立ちます。
実社会における「決断」とは、本で読むように順序だててじっくり考えながら行うものではなく、大半の場合、瞬時に行わなければならないものです。
近著『断る力』『会社に人生を預けるな』で、私も決断力の大切さを論理的に説いていますが、こうした「瞬時の決断」の大切さを感覚的に理解するうえで、ひとつのスポーツを体得するのが有効なのです。
私自身、子どものころから、スキーや馬術、フェンシングなどさまざまなスポーツを楽しみ、体得してきました。
どんなスポーツも、体得するまでは、いくら理屈がわかっていても、頭で理解していても、体が覚えない限り、うまくできないものです。それが練習と失敗を繰り返していくうちに、あるとき、突然体を自在に動かすことができるようになります。
体がそのスポーツを覚えたわけです。
人生や仕事におけるさまざまな決断も、机上の勉強だけでうまくできるようにはなりません。やはりさまざまな試行錯誤を繰り返すうちに「体で覚える」部分があるのです。
スポーツの体得は、こうした「体で覚える」決断の感覚を磨く上で、非常に役に立つのです。意思決定のスピードもどんどん上げることができるようになるのです。
実際、ビジネスとスポーツは、共通点が非常に多い。
外資系企業で行われるようなチームプロジェクト型の組織、いわゆる「プロジェクトマネジメント」では、さまざまな分野のプロが集まり、ひとつの目標に向かってある一定期間、役割分担をしながら仕事を進めていきます。
これは、まさにチームスポーツにおけるチームの運営方法と同じです。
リーダーがいて、それぞれの役割があり、ビジョンに向かって皆で協力して物事を進めていく。
ビジネスのチームも、スポーツのチームも、基本となる思想は共通しているのです。
海外ではスポーツと知性が対立概念ではなく融合概念なので、外資系企業に勤務しているビジネスパーソンは多忙な時間を割いてスポーツクラブに通い詰めています。
私自身も時間を作っては水泳とスカッシュに励んでいます。スポーツクラブにはかなりの時間とお金を費やしていますね。エステに通う暇があったらスカッシュをした方が効果的と思っていますから。スポーツをすれば頭が良くなるだけでなく、美しくもなれます(笑)。
水泳を始めたのは知り合いから「トライアスロンをやらないか」と誘われたのがきっかけです。
ここ数年、ベンチャー企業のオーナーの間でトライアスロンがブームになっており、彼らのキーワードといえるのが「英語、IT、筋トレ」です。仕事ができる人はビジネススキルだけでなく、体もしっかり鍛えているのです。
このように、スポーツは体を健康にするだけでなく頭もよくします。自分の身体能力を使って達成感を得るという経験は、将来、社会に出て仕事をするときにも応用でき、成功体験はさらなる成功を導きます。
また、社会問題となっている貧困や格差の解決においても、重要な役割を果たす、と思うのです。
現在「格差」問題の中心にいる、若くして仕事に就けない人たちと直接お話をすると、実感するのは、「頑張れば報われる」という教育を親からも学校からもあまり受けてこなかったようなのですね。つまり、たまたま受けた教育の格差が、社会の格差を生む要因のひとつになっているのです。
スポーツのすばらしさは、音楽やお笑いの世界と同様、「頑張れば報われる」ことを私たちに教えてくれる、ということ。オリンピックを通じて、「頑張れば報われる」という考えが、日本の若いひとたちや子どもたちに浸透すれば、格差社会の問題のひとつは取り除けることになるはずです。
スポーツは人を「頭をよくする」し、「美しくもしてくれる」、そのうえ格差社会の解消の一助にもなる。オリンピックの開催をきっかけに、日本人がよりスポーツを親しむようになればこんなにいいことはありません。
けれど、未来を担う子どもたちの世界を見ると、むしろスポーツ離れが進んでいます。3人の子どもの母親として、そう実感します。
なぜでしょう。とりわけ東京のような大都市においては気軽に体を動かす場所がないからです。
昔は野原を駆け回って遊んでいればそれが運動になっていましたが、今は空き地というものがなくなりました。ですから今では、子ども同士で遊ぶというと、友達の家でゲームをすることを指すくらい。外で遊ぶとしてもせいぜい学校の校庭開放を利用するくらいしかチャンスがない。
娘が高校時代のことです。テニスをやりたいというので、どこでテニスができるのか調べてみたのですが、好きな時にちょっとボールを打つだけというスペースが見つからない。結局、スポーツクラブに入るしかないようなのです。そうなると結構お金もかかりますし、そもそも気軽にできません。
そのうえ、少子化が進んで、学校ではチームスポーツのクラブを複数作るのにも四苦八苦しています。こんな状況では、子どもにとってスポーツが身近なものではなくなるのは当然でしょう。
子どもが自由に体を動かす場所がないこと、気軽にスポーツできる場所がないことは、実に大きな問題だと思います。
子どもたちに体を動かすことの楽しさや、ある程度のレベルまで極めようというモチベーションを与えるのは教育者、すなわち大人たちの役目です。
そのためにはスポーツができる空間をもっと作ってあげることが必要です。
自然の中でのびのびと動き回れればベストでしょうが、東京のような巨大都市では、そんな場所を回復するのも容易ではないでしょうから、まずはスポーツ施設の充実が手っ取り早いでしょう。
オリンピックの開催をきっかけに、東京に子どもたちが気軽にスポーツを楽しめる場が増えるなら、非常によいことだと思います。
さらに、世界の一流選手が競い合う姿を生で見ることができる。その教育効果も実に大きい。テレビ画像やゲームでは決して得られない感動があるからです。
東京オリンピックの招致計画には、料金設定などの面で子どもが観戦しやすくなるような配慮があるそうなので、大いに期待したいですね。
ちなみに、もし私が子どもたちと観戦するなら、まずは中学から高校までやっていたフェンシングですね。日本での競技人口は少ないので、大学まで続けていれば、オリンピックに出場だってできたかもと妄想することもありましたので(笑)。
最後に東京でのオリンピック開催の是非ですが、私はシンプルに賛成です。なぜならば、メリットばかりだから。
たしかに、経済環境が悪化する中、公費を使うことに対しての国民の目は非常にシビアになっています。オリンピックを開催すれば、それなりのコストはかかるでしょう。
でも、開催によるメリットを考えれば、むしろ投資効果は大きいのではないでしょうか?
オリンピック開催をきっかけにスポーツが幅広く浸透して、国民がより健康になれば、医療費は間違いなく減りますし、パラリンピックの同時開催でバリアフリーの推進やダイバーシティへの理解も進みます。子どもの教育にもすごくいい。経済効果としてトータルでマイナスにはならないはずです。
国民にものすごく大きな負担を強いるのであれば話は別ですが、「失敗しても大したことはなく、成功すれば経済効果は大きいのだから、機会があれば呼べばいいじゃないですか」というのが私の意見です。
日経BP社の総合情報ポータル nikkei BPnet 〈日経BPネット〉 より。